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「やあ、君か」
「よし。今行く」
房一は苦笑した。とにかく珍客にはちがひなかつた。そして、たつた今さつきまで房一は彼等のお見舞ひでわれ知らず興奮し、緊張し、それからあの半シャツの男と言葉の上でなく、眼と眼で、構へと構へでやりとりした、それが突風の去つた後のやうな軽いあつけなさを残していた。
とにかく快適に入っていられるのだから、体温よりちょッと高い目の三十七八度ぐらいだろうときめていたが、温度計を買ってきて測ってみたら、三十四度五分であった。もっとも、私の平熱は三十五度である。胃に冷感をうけるのは、やっぱり体温よりも低いせいだな、という当然なことが、その時になって、はじめて納得できた始末だが、体温と同じ水温なら入浴は快適だという結論も得たのである。
傍にいた赭あから顔の老人が低い声で云つた。
さう云つたのは庄谷だつた。房一がその方をふり向いた時、庄谷の白味がちな小さな眼が意味ありげに更に細くなつたところだつた。そのまゝにやりとして、
「いや」
と、舌ざはりの悪いものでも口にしたやうな調子で、練吉はぽつんと云つた。
そこから元来た路を引き返した房一は、行きがけには通りすぎた千光寺の山門を潜つた。広い人気のない寺庭には九月の日が明く冴えて、横手の庫裡くりに近い物干竿では真白な足袋が二足ほど乾いてぶら下つていた。そのしんとした庭の中をまつすぐに庫裡の方へ横切つてゆくと、いきなり
「どうもこれぢや――」
「いや、挨拶まはりですよ。どうぞよろしく」
と、きよろりとした目つきに返つた徳次は、立ちはだかつたやうな恰好になりながら、房一の傍に停つて訊いた。
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